キャスト

    今安プロデューサー(以下今安P) |
    2017年3月に原作が出版されてから、すぐに小林監督へ「こんな漫画があるんですが、どうですか」と送りました。WEB上で公開されていた四コマを目にしていたのですが、書籍化されたものがまた素晴らしくて「これは映画にしたい!」と。小林監督とは以前からご一緒したいと思っていたのですが、「殺さない彼と死なない彼女」はタイトルからすでにピンと来るものがあり、これを小林監督と映画化するのはいけるのではないかと思いました。監督もすぐに「これは映画化できそう」という感触でしたよね。
    小林監督 |
    原作を読んで、映画化の可能性をすごく感じました。きゃぴ子と地味子、君が代ちゃんと八千代くんの話と「殺さない彼と死なない彼女」も併せてすべて一つの物語にしたら面白いんじゃないか、と全体の流れがすぐに思い浮かびました。一本の映画のなかで三組を動かそう、と。
    今安P |
    脚本が出来上がってから、本格的に立ち上がるまでは半年ぐらいかかりました。その間、原作が評判になり何度も重版がかかっていたこともあり、企画としての説得力が増して、2018年初夏くらいに映画化が見えてきました。そして、撮影前に世紀末さんに直接お会いすることができました。
    小林監督 |
    はじめは「どんな方なんだろう?」とすごく緊張しましたが、ご本人はすごく可愛らしくて明るい方でした。物語の展開についてはとても気に入ってくださって安心したのですが、セリフの細かいニュアンスについては「このキャラはこんなふうに喋るんじゃないか」などとアドバイスをしていただいて、その場で脚本を直していくという作業をしました。八千代くんのセリフの直しがいちばん多かったですね。世紀末さんとは頻繁にお会いできるわけではないので、その日のうちに8時間くらい打ち合わせしていた記憶があります。君が代ちゃんの名前については、映画のイメージに寄せて「花の名前がいい」と、世紀末さんが“撫子(なでしこ)”という名前を考えてくれました。

    今安P |
    間宮祥太朗さんについては、小坂の存在から滲み出るやさしさ、まなざしの強さ、ぶっきらぼうだけど繊細で本質を突いているという感じがイメージにぴったりだったのでオファーしました。「間宮さんに引き受けてもらえなかったらこの企画は諦めよう」と考えていました。映画が完成した今、あらためて小坂役は間宮さんしか考えられなかったと思います。一方、桜井日奈子さんについては、ドラマやCMなど場所によって見せる顔がまったく違っていたので、まさに素材そのものが「可憐だけど予測不能」な空気感が鹿野にぴったりだなと思っていました。漫画から映画になったときの余白をプラスの方向に埋めてくれるのは彼女しかいない、そして、皆に愛される鹿野になってくれるだろうと。
    小林監督 |
    影前に一週間ほどリハーサルの期間を設けたんです。僕にとってのリハーサルは、あくまで現場に入ってからのアレンジ能力を試すためのもので、本番での反応速度を上げるためのものなんです。実際に撮影が始まってからは、かなり早い段階からそれぞれが自分の役にとても寄り添って演じてくれたと思います。僕が役者本人たちのキャラクターを忘れてしまうほどでした。
    間宮くんについては、とにかく眼がいいなと思いました。自分の考えをしっかり持っていて、自分のやるべきことは何かと常に考えている。一回一回の撮影に自分の課題を持って臨んでいるんだろうなと思いました。とても気持ちのいい子という印象です。いろいろな経験をしてきているので、間宮くんが桜井さんを引っ張っていってくれて、桜井さんにとっては間宮くんが心の支えになっていたんじゃないかと思います。当初、小坂は留年しているという設定ではなかったのですが、原作の「殺さない彼」は高校生にしては達観している部分があるし、ちょうど間宮くんも見た目が大人びていたので、役柄にリアリティを持たせるために、少し年上の設定にしました。小坂のキャラクターは、他の登場人物に比べて一見リアルなんですが、現実にはなかなか存在しない。なので、間宮くんと二人で「この表情はいいね」「これはやめよう」という感じで、芝居をつくっては間引いてという作業を繰り返しながら、小坂をリアルな存在に近付けていきました。
    桜井さんについては、リハーサルの段階で「鹿野をどういう人物にするのか」というディスカッションを重ねました。たとえば「暗い子ではないけれど地味でクラスで浮いている。死にたがりなのはかまってほしい気持ちがありつつ、その裏には一本芯の通った価値観があるんじゃないか」というように。実際には桜井さんはもっといろいろなことを考えながら演じていたと思いますが……。また、当然ながら脚本の順番どおりに撮影が進むわけではないので「だんだん現場の空気に慣れていく」という演技では面白みがない。なので、確信犯的に「前半のシーンはぎこちなく・後半のシーンになるにつれ“素”を出していく」という演技のプランを立てました。つまり、今日後半のシーンを撮るなら素の演技をしてもらい、明日前半のシーンを撮るならぎこちない演技をしてもらうわけです。今回、桜井さんは世間のイメージといちばんギャップのある役柄を演じていて、ある意味「殻を破った」作品になるんじゃないかと思うのですが、そんな桜井さんがこれからどんな女優さんになっていくのかということが今は一番の楽しみです。
    二人のシーンに関しては「こうしたい」というイメージはある程度持っていたのですが、自分が予想しているものとは「まったく別のいいもの」が本人たちから出てくるという悩みはありました。自分が予想していないので、念のため指示通りのパターンも演じてもらうんですが、やはり不意に本人たちから出てきた動きのほうが心を打つんですね。僕が迷っていても、本人たちは「声で監督のOKテイクがわかる」と言っていましたが(笑)そんなふうに役者側からの提案に乗って、どんどん予想とは別のいい方向に撮影が弾んで行く感じがありました。
    いつも僕が思うのは、お芝居は感情だけで進めていってもあまり面白くないということ。よく「気持ちをつくる」という言い方がありますが、そういう感情はいらないんじゃないかと思っています。怒ったふりをしていると何だかぴりぴりしてくるのと同じで、先に動いてみるとそこに感情がついてくる。それに、何度も同じテイクをやり直せるのは、感情的にではなく意図的に芝居をつくっているからこそ。毎回、気持ちが出来上がるのを待っていたらそうはいかないですよ(笑)そういう意味では、演出の仕方は三組三様でしたが、何度繰り返してもキャスト全員が前向きに取り組んでくれたのはとてもありがたかったです。
    なかでもとくに前向きだったのは恒松さんと堀田さんのペアでしょうか。細かい指示をたくさん出しているのですが、二人が面白がって消化してくれるので、やればやるほど面白くなっていく。キリがなくて困りましたね。おかげで地味子ときゃぴ子のシーンはいちばんテイクが多いです。演じる上では、きゃぴ子のキャラクターがいちばん大変だったんじゃないでしょうか。
    撫子と八千代の二人については、とくに撫子は原作のイメージと随分違うんじゃないでしょうか。原作の君が代ちゃんはもっと勢いがあって押しが強いと思うのですが、撫子は箭内さん本人の演技と空気感をそのまま活かして、ゆったりしていて包容力のあるキャラクターになりました。ありあまる幸福感と、不意に見せる芯の強さが魅力でしたね。農家の子という設定もキャスティング後に決めました。一方、ゆうたろうさんは、はじめから原作も読んでいたので「八千代くんの気持ちがよくわかる」という感じでした。最初に会った段階ではゆうたろうさんの詳しいプロフィールは知らなかったのですが、ルックスがあまりにも八千代くんのイメージにぴったりだったので、思わず「一緒にやろう」と言ってしまいましたね(笑)
    イケメンくん役については、はじめから金子くんがいいと思っていたので、ほとんど当て書きです。以前『逆光の頃』にも出演してもらって、また一緒にやりたいなと思っていました。サイコキラーくん役は、美形で人懐こくて笑顔の爽やかな人がよかった。最初から気持ち悪く笑う人は嫌だったんです。なので、パブリックイメージが明るい中尾くんが真逆の役をやったら怖いんじゃないかと思いましたね。小坂を刺すシーンは、実際に刃先で血糊の袋を刺しているので、すごく緊張したんじゃないかな(笑)
    一番難航したのは大人たちのキャスティングです。小坂の母は最終的に森口瑤子さんにお願いしたのですが、決め手は「間宮くんと雰囲気が似ている」という理由でした。また、佐津川さんは10年前だったら間違いなくきゃぴ子役だろうなと思ったので、きゃぴ子のお母さん役をオファーしました。
    もはや今となってはキャラクター全員好きなのですが、強いて言えば「にゃん」が原作のときからお気に入りですね(笑)劇中にも絶対登場させたいなと思っていました。

    小林監督 |
    今回、主題歌に加えて劇伴も奥華子さんが担当してくださったのですが、はじめに奥さんが映画をご覧になった時、「きれいな水のようなイメージです」と言ってくださった。それを聞いて「ぜひ奥さんのイメージで曲を作ってください」とお願いしました。
    僕は三年ほど前から歌舞伎にハマっているんですが、はじめに三味線の合いの手のような音楽をイメージしていたので「三味線の代わりにピアノを入れたらどうか」という話をしたような気がします。奥さんといえばピアノですし。本作のようなドキュメンタリータッチの映像は、シリアスな音楽はハマりやすいんですが、楽しいシーンだからといってポップな音楽を使うと浮いて聴こえてしまうんです。だからこそ、セリフと画と音楽でちゃんと一つになるように、奥さんの音楽にはすごく寄り添ってもらいました。セリフとぶつからないようにタイミングを少しずらしてみたり、奥さんのセンスで映画に非常に気持ちのいい効果が生まれたと思っています。

    小林監督 |
    ロケ場所は、はじめから彼らが通っているのは県立高校というイメージがありました。ただ、建物から生命感が失われているような廃校は使いたくなかった。かといって、中学校だとがらっと雰囲気が変わってしまうので、普段は学生たちが通っている県立高校をお借りして撮影しました。必ずしも「青春映画」にこだわっているわけではないのですが、思春期というのは迷いの多い時期なのでエネルギーの発散の仕方が極端だったりして、描くことに事欠かない。ただ、いままでは登場人物の年齢設定を意識していましたが、今回はまったく意識しませんでしたね。彼らの会話はすごく大人びていて哲学的なニュアンスもある。だからこそ、高校生ということは意識せずに、みずみずしさというよりはいかにキャラクターとして生きているように見えるかというところに注力しました。学校以外では、普段は撮影しないような場所での撮影が多かったので、まわりのスタッフの苦労が大きかったんじゃないかと思います。ショッピングモールなどの室内は使用時間の制限もありましたし、外は外で陽が落ちるまでの時間との戦いでした。すべて照明部無しの自然光で撮影を行っていたのですが、とくに撮影時期が秋から冬に変わる季節で、毎日どんどん陽が短くなっていったことには苦労しました。今回、自然光にこだわった理由の一つには動きが多いとライティングが難しいということがあります。僕自身、他人の作品を観ていても、お芝居のなかでの光の当たり方が不自然だととても気になってしまうんです。あとは、フェルメールの描く光のやわらかさを映像で再現できたら、という個人的な探究心もあります。
    とはいえ、スケジュールの組み方を工夫していたので、シーンを撮りこぼすということはありませんでした。時間に余裕を持てそうなシーンを前半に持ってくると、その間にお芝居も固まって意思の疎通ができるようになるので、後半の時間のかかりそうなシーンを撮るときにはキャストもスタッフもタイトに進められるようになっているんです。撮影を重ねるにつれて、スタッフ全員がOKテイクがわかるようになっていたのも面白かったです。おかげで各シーン毎に、これという納得のいくいい映像が撮れたので、撮影はとても楽しく充実していました。過去の三作品では、白黒にしてみたり、長回ししてみたり、自分の大好きな漫画を映画化してみたり……「あとで振り返ったら恥ずかしいだろうな」と思うこと(笑)を存分にやったんですが、そのなかで見つけてきた「自分に合っているもの」を“いいとこどり”した作品が今回の『殺さない彼と死なない彼女』だと思っています。